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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
妙を呼んで、瑤泉院は、何か取り寄せられた。内蔵助の前へ、妙の手からさし置かれたのは、紫縮緬の丸頭巾であった。
『――遠路、事多い中を、よう訪ねて賜もった。これは、徒然にわが身が縫うたもの、そなたは、いとど寒がり性であるそうな、夜寒をふせぎ、よう身をいとうて下され』
そう云って、内蔵助に与えた。
或は――いや怖らくは――これ限りのお別れとなるかも知れないと、内蔵助は、沁々と、瑤泉院の寒眉を見あげた。
『では……。お暇を』
そう云いだすのが、苦しい気がする。然し永居が何の慰めにもなるのではない。内蔵助は、土佐守の屋敷を出た。うしろ髪をひかれるここちで――。
元とはちがって、駕や供も持たない一介の浪人である。から風の吹く南部坂の途中に立って、内蔵助は、町駕を眼で求めていた。
すると、風に奪られて往来の者の菅笠が、彼の前を、坂の下へ吹かれて転がって行った。土佐守の屋敷の台所門の下に、用もなげに佇立んでいた男の笠だった。あわてて、笠を追おうとしたが、内蔵助の眼が、男の額を射ると、ついと背を向けて、彼方へ行く振りを見せた。
『――駕屋』
内蔵助は、通りかかった町駕へ身を入れている。