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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『そこが、裏の裏を掻く、兵法というものだろうて』

『生意気なことを云って、どこにそんな証拠がある』

『誰か、そんな気振を、見たものはねえか』

『馬鹿野郎、汝が、云い出した話じゃねえか、人に訊く奴があるか』

『だからよ、俺は、そう思っただけだが、誰か、そんな証拠を耳にでも挾んだ者はねえかと聞くんだ』

『あはははは、呆れた奴だ。てめえですら分らねえことを、頑張っていやがる』

『そうかなあ……』

と、辰造はとぼけた顔をして、ちらと途中の辻へ眼をやると、

『おらあ、寄り道があるから、ここで別れるぜ。あばよ』

毘沙門前の奴茶屋をすたすたと曲がって行く。

辻の樹蔭に立っていた町人が、辰造の後から尾いて行った。往来を見まわして、

『関口――』

と、やがて呼ぶ。

『おお、木村か』

左官手伝いの辰造は、やはり千坂兵部の命をうけて、江戸表から来ている吉良方の関口作兵衛だった。木村丈八は側へ寄って、

『何か、変った事はないか』

『一向にない』

『訪客は?』

『きのうは、柳の馬場に住んでいる寺井玄渓が見えた』

『旧の浅野藩医だな』

『時々、病家を見舞う態にしてやってくる。内蔵助からも、一二度足を運んでおる』