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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『はい……』

『今日かぎり、暇をくれる。そちは豊岡の実家へ帰れ』

『えっ? ……』

お陸は、息を嚥んだ。良人の言葉をまだ疑うように、青白い顔して、やや鋭く、

『な……なぜでございますか』

と、詰め寄った。

内蔵助は、その眸を、凝っと見すえて、

『家風に合わん』

と、膠も情味もなく云った。

『もしっ……旦那様……。何ぞ、わたくしに落度でもござりましたならば、どうぞお宥しくださいませ。何のようにも、改めまする』

『そちは幾歳だ』

『…………』

『もう叱って改まる年ではあるまい。その叱言も近頃はほとほと云い飽いた。この内蔵助は、赤穂退去以来、名も、池田久右衛門と改め、世をおもしろく、可笑しく、凡の一町人になって暮すのだと、あれ程、お前たちにも話し、これから先は、弓矢よりは地所家作、武道よりは算盤大事と、主税や吉千代の教育にも、左様に心得置くようにと、固く申しわたしてある。然るに、子どもが剣道を励むのを、蔭で欣んでいるような量見では、久右衛門の家内として、行末心もとない。……家風にあわんと云うのはそこじゃ』

『旦那様……それは御本心でござりますか』

『知れたこと』

お陸は、畳へ俯つ伏した。