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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
と、唄うお軽の声が、心なしかその涙をふくんでいるように聞え、家の者は遠く離れながらも、しいんとして聴き入っていた。
突然、笑っている声は内蔵助であった。いつもの酒機嫌の上に出る声であった。
『――なんじゃ、お軽、泣いていやるのか。山科でも申した通り、このたび江戸表へ下るのは、よい主人を求めて、すこしは貧乏性を直そうと、心を改めたで、下向と決めた迄の事。又、あちらでよい主取りをし、屋敷が定まったら迎えてとらせようものを……。はっはははは、琴糸が涙に湿める、なんぞ、他の曲を所望、ほかの、涙などこぼさぬ曲を……』
七尺の屏風は
躍るともよも踰えじ
羅綾のたもとは
引けばなどか截れざらん
壁の高い家と家との路地の空から、夏の月が、飽かない顔して、晩くまで縁先を覗いていた。
× × ×
京都日野家用人、垣見五郎兵衛。
ふた棹の長持に、こう札を打って、内蔵助が京都の短い夢のような生活をきっぱり離れて、東海道を江戸表へ向って立ったのは、それから間もない十月十七日。
随身した人々には、
潮田又之丞、近松勘六、早水藤左衛門、三村次郎右衛門。――それに若党、中間が二人。