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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

恐れ入りますが旦那、燧打石を一つ』

『さあ、おつかい』

腰障子を閉めて、善兵衛は、ずっと側へ寄って、自分も煙草をつけた。煙管と煙管の首が触れあうように。

『前原、変りはないか』

『うむ……。それに就いて――』

ぽんと、わざと大きく吸殻をたたいて、

『晩に、麹町から吉田忠左衛門殿、林町の毛利小平太、ほかに堀部、杉野などが、寄ることになっているが、ちょっと、顔が出せるか』

『貴公の家か』

『いつもの裏の米蔵へ』

『参ろう。――何か、吉左右でも』

『さあ、寄ってみねば。……何としても、吉良家の厳しさ、用心ぶかさ、思っていた以上だからの』

『日は徒らに過ぎてゆくし』

『どう洩れたものか、江戸の街にも、近頃は、赤穂浪人が多く入り込んでおるとか、内蔵助殿が山科から下っておるとか、やれ、今に復讐があろうのと、頻りと煙たい取沙汰が立っておるので、吉良の固めも、このところ、眼に見えて物々しい』

『それは、吾々のほうの行動に立つばかりでなく、吉良側に対しても、同じような風聞がよく流れる。――上杉弾正大弼が病気のため、上野介は、上杉の方へ、看護の者を連れて移っておるとか、又は、近く、米沢藩の警固の下に、上杉家の本国へ引き籠るであろうとか――』