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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

お粂であった。

いきなり階下へ降りて来て、襖の陰に袂をかかえた儘、凝と、青ざめて立ち竦んでいる――

善兵衛が、何事かと、これは誰よりも驚いたらしく、奥を覗いて、

『お粂さんじゃないか、何うなすったのだ』

と、訊ねた。

お粂は、動悸をしずめるような眸をしていた。――そしてやっと云う事には、二階へ上ってからも、右衛門七があまり話しかけないし、気まりが悪いので、二階の窓を細目にあけ、二人とも、背中あわせに、右衛門七は書を見ているし、自分は往来を眺めていたが――今ひょいと気がついて、此店の暖簾の蔭をのぞくと、一人の編笠を被った侍が佇んでいて、いつ迄も、凝と店の中を見入っている――

で、彼女の想像も、もしや、夕方なので善兵衛さんが、奥の用事でもしている間に、性の悪い浮浪人が、店の銭箱でも窺っているのではあるまいか――と、そんな心配に駆られたので、思わず二階の窓から、

(――何か御用なんですか)

と、こう声をかけてやったというのである。

すると、編笠の男は、その笠のつばへ手をかけて、無言のまま仰向いて二階を見た。

(――あらっ)

窓を閉めるのと、そう叫んだのと、一緒であって、彼女は、何だかそこにも居たたまれず、眼を瞠っている右衛門七にも黙って、夢中で階下へ来てしまったのです――と、まるで黄昏の物の怪にでも逢ったようにおののい