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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

ていうのであった。

『誰なんです、一体。――その編笠を被って店先に立っていた浪人者というのは』

善兵衛が、わざと落着いて訊ねると、お粂は、まだ微かな恐怖を白い顔に残しながら、

『お屋敷の侍部屋にいらっしゃる清水一学様なんです。……何うしましょう、一学様が、お屋敷へもどって、私がここの二階に上っていたなどと喋舌ったら』

泣かないばかりな睫毛であった。

『えっ、清水一学が』

善兵衛は、こう口走った自分の不覚を、あわてて紛らすように、

『――あの一学様が立っていたんですか。なんのことだ、はははは。一学様なら、よく往来を酔って通ったり、小唄を口誦さんで、夜晩く帰って行ったり、おもしろい方じゃありませんか。だいじょうぶ、御心配はありません。善兵衛が、ちゃんと申し開きの立つように、よい智慧を貸してあげますから』

と、梯子段から見上げて、

『右衛門七、ちょっと、降りて来ないか――』

と、云った。

眼をちらと横へくばると、台所の外に、五兵衛の顔がまだ不安そうに身をかくして立っていた。然し、その路地も、近所の者が水桶をさげて通るので、米袋の糠をはたいて忙しげに立ち去った。

お粂とおつや