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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

――それも、そちらの気がすすまないと云うなら是非もないが』

『…………』

『いや、お粂さん……そう心配して気にかける事はない。何も、無理にの、強っての、と云うわけではないのだから』

『……善兵衛さん! そしたら、あの……ほんとに右衛門七さんは、わたしを家内に持ってくれるでしょうか』

『彼男だって、内気だが、実はお粂さんが好きでならないのだもの。わしさえ、承知といえば、右衛門七に否やのあろう筈があるものか』

『じゃあ……御普請の図面を』

『えっ、取り出してくれますか』

『…………』

お粂は眸で頷いた。

もうその眼には涙がない。ただ女性の全部を賭してしまう恋へのつよい覚悟があるだけだった。

与五郎の善兵衛は、罪っぽくて、胸が傷む気がした。――添えないものと分っている右衛門七を囮にして、この純情な娘をあざむく結果が、この娘の生涯をどんな不幸にさせてしまう事か――見え透いていて思いやられるのである。

だが今度は、お粂のほうが懸命であった。これから屋敷へ帰ったら、今夜にも持ち出して渡すと云うのだ。あまり逸まって、見つけられてはならないと、善兵衛のほうで注意する位だった。