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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『では、先刻、人目をしのんで書いていた手紙を出せ』
『失くしました……あれは、お父っさんへ出す手紙です』
『親元へ出す手紙を、裏庭などで、人にかくれて書く理由がどこにある。又、それを見つけられると、あわてて、裂いて口に入れたろう』
『いいえ……いいえ……』
『ちぇっ、強情なっ』
二度目の足蹴が、彼女の反向けた顔へ弾もうとした時、一学は草履を穿いて、新見弥七郎の後へ静かに来ていた。
『おいおい、新見、やかましいではないか』
『やあ、清水殿か』
弥七郎は振向いて、ちょっと手をゆるめた。
が――お粂は、清水と聞くと、恟っとしたらしく、途端に、顔は生きた色を失ってしまった。
いつぞや、小間物屋の小豆屋善兵衛の二階へ上って、右衛門七という好きな人と、二人きりで、恥かしさに、凝と黙り合って、うかと二階から顔を出していた時、店前の暖簾の前に立ちどまって、自分の顔を見上げた編笠の人は、たしかに、この清水一学であった。
一学だけは、自分の恋を、知っているし、自分が、あの小間物屋と、別懇にしていることも、見抜いている筈である。
(もう助からない。この人が来ては)
お粂は、いちどは恟っとして、駄目なまでも、逃げたい気持に駆られたが、すぐ、心の底で、冷たく観念してしまった。