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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

けれど、そうしている半月余りは、さして辛くもなかった。なぜならば、屋敷づとめをしていた頃と違って、自由に、何時でも、考えたい事を考えていられるからだった。

『……右衛門七さん』

そっと、呟いてみる。するとあの前髪の人が、天井から白い顔を出して、彼女へニコッとほほ笑みかけるように思える。

『会いたい』

それだけが、思い出すと、苦しかった。

『私の抛った板絵図は、首尾よくあの方の手に入ったかしら?』

それも知りたかったが、便りをする手だてもない。みしりと梯子段が軋んだ。

『誰だえ?』

『あっしですよ』

と、いつも粥を運んでくる中小僧の竹が、そっと首を出した。

『……お粂さん、戸外へ出たいでしょう』

『戸外へなんか出たくはないよ』

『嘘を云ってら。あの人のところへ会いに行きたいでしょう』

『…………』

『今、親方は留守ですぜ。そして、帰りにゃあ、小網町のお花客へ寄ってくると云ってたから、晩になりますぜ。どうです、晩まで、きっと帰って来るなら、あっしが、ひきうけますから、行って来ませんか』

『ほんと?』

お粂は、夜具の上に起きた。

間もなく、頭巾をかぶって、彼女は、家を出て行った。