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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
暫く大地を踏まない足が、もうめっきり冬になった寒風に吹かれて、足をとられそうに嫋々と見えた。
だが――
喜んだかいもなかった。
吉良家の裏門前にある小間物屋の店には、もうあのなつかしい紺暖簾は見えなかった。
『あっ? いつ越したのだろう?』
二階を見上げると、そこの雨戸も閉まっていて、斜に白い貸家札が貼ってあった。
『…………』
前の月まで奉公していた吉良家の塀の下に立って、お粂は、いつ迄も、その貸家札を見ていた。たった一度、右衛門七と、黙って坐り合っていたことのある窓の雨戸を。
ぽろぽろと、白い涙が、彼女の頬を流れた。吉良家の屋根を蔽っている巨きな落葉樹の梢から、雨のように木の葉が降って、その貸家札の空家の戸へも廂へも吹きなぐっていた。
元禄人間図絵
水引
樹の多い山手の屋敷町は、落葉の中に埋まっていた。もう十一月の霜だった。――今年も残る日は後幾日かと、そろそろ数えられて、忙しない気持の中にも、人生の冬が寒々と胸へ沁み入って来るのだった。
『ひどい霜だの……』
多門伝八郎は縁に立って呟いた。眼を刺すような霜の白さである。表四番町のかなり広い彼の邸は手入もせず、冬荒れのまま捨ててあった。