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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

何せい、御作法一つ弁えぬ田舎侍に、大紋烏帽子の面倒を見にゃならぬでのう』

『はい、ご苦労に存じます』

『それじゃもの、内匠頭殿などに、何がわかろう。御手違いを、召さるなよ』

諸侯の稠坐している溜りの方へ向って、大声に、喚いて捨てたのである。武士にとって最大な良心である恥辱という忍び得ないものが、内匠頭のあたまを焼金のように貫いた。この数日来、彼の精神力のあらん限りでささえていたものが、屋の棟の雪のように、どさっと、瞼の前へ、真っ暗になって落ちた気がした。

『おのれッ! 上野っ――』

理性はついに感情にやぶれた。大紋の袖を払い上げて、小脇差の光が振りかぶられた。

『わっ! ……』

振り向いた烏帽子額を、途端に、両手で抑えながら、

『狼藉者っ』

五、六歩、よろめいて、松の間の閾際に、上野介は俯ツ伏せに倒れた。倒れたが、すぐに又、夢中に立ち上りかけながら、

『乱心者じゃっ――内匠がっ……』

『待てッ、老ぼれっ』

二の太刀が、寸足らずに、肩から背を浅く薙ぎ落した。然しさっと霧になった血の紅さは、この幾日の間、暗澹としていた内匠頭の鬱心に、ぱっと、紅い花かのように、明るく映った。