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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
だが、三太刀とはもう働けなかった。喬木のような二本の腕が、むずと背後から抱きついて居た。
『誰だっ、放せっ、放してくれい』
『お場所がらを。――お場所をわきまえぬか、内匠頭どの、御乱心召されたか』
『梶川か、武士の情じゃ、放せっ』
『なりませぬ! お鎮まりなされっ』
『ええっ、仕損じる。仕損じたわッ。――ざ、残念じゃ、内匠頭、乱心はいたさぬ、それがしも、五万三千石の城主、乱心はせぬっ』
『殿中でござるぞっ!』
佐倉の城主戸田侯が、ふた声ほど呶鳴ったが、内匠頭の耳には通らない。もがきながら、大力の与三兵衛を、ずるッ、ずるっと、三、四尺ほど引き摺り歩いた。
『御無態なっ』
と、与三兵衛は、内匠頭の腕と血刀を、折り曲げるように捻じ伏せた。だが、その時はもう内匠頭のあたまは、一瞬の燃焼から水のようなものに回っていた。
『官衣着用のそれがしを、膝に組み敷かれては、上に不遜でござろう。将軍家に対して、怨みを抱く者ではござらぬ。相手の吉良を、討ち損じた事だけは、遺恨に存ずるが、かくなる上は、もはや女々しい振舞はいたさぬ。お気づかいなく、お放し下さい』
どたどたっと、八方から雪崩れを打って、自分ひとつに集って来る、大廊下の跫響きを耳にしながら、彼は、鉄砲洲にある妻の顔と、遙かな国許の空――赤穂一城に住む多くの家来や家族たちの悲しい表情