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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

これが、戦場というような場所であって、人間が、獣性に還元し、耳に眼にするものが、すべて修羅の音響の中に於ての事ならば、それはまだ云うに足らない。

だが――

世間は、酒の歌と、女の脂粉と、元禄町人の豪奢と、侍たちの伊達小袖と、犬医者と犬目附の羽振と、あらゆる眩惑や懐疑なものに満ちていた。朝風呂の濡れ手拭をさげて、小鍋立ての人生もそこらにあるし、隅田川に雪見船を浮かせて、忍び三絃をながす人生も河の中にまである。江戸座の俳句の運座は、夜毎にあった。茶道も流行りものだった。岡場所の灯は、人生はここにありというように盛んである。と思えば、きょうも愛犬令の違犯者が、縄付で引かれて行ったし、浮浪者の群が、橋の下にはうろうろ見えるし、何っ方を見ても、生きよう、遊ぼう、満たそう、という半獣主義の展開と、その真反対な、どぶ泥のゴミみたいな貧困者とのふた色が、全面的にひろがっている元禄の世間だった。

その中に――やがて十二月も近い――すぐ来る次の初春を待とうともせず、しいんと、四十七名の老若の精神が、一つに凝り固まって、死のうとしているのであった。しかも今のあらゆる社会の人間が、如何なる楽しみを持つより大きな深刻な楽しみを抱いて、肋骨いっぱいに、血しおを沸かせて、その死を楽しんでいるのであった。