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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
さすがの内蔵助の眉も、この数日はおそろしく細かい神経のうごきを見せていた。絶えず主税を変装させて、浪士たちの隠れ家を訪わせ、粗暴のないように、又、失火などを出さぬように、わけても、酒をつつしませ、風呂屋、街路などで些細な注意も怠らぬように、町方や自身番に対しては尚おの事、極力、細心である事をも注意させて見舞わせた。
(うごくな――)
(凝と、枚を啣んで、待機――)
暗黙裡に、江戸中へわかれわかれに住んでいる人々が、鳴りをしずめている形だった。
そのうちに、
『毛利小平太が脱走した』
そんな響きが伝わる。
なお、二、三名の脱盟者がこの間にあった。――ここ迄、辛労を共にして来た程な者であっても、なお人間の気持はいつ崩れるか揺らぎ出すか知れないものであった。まして、下は十六、十八の年少者から、上は六十、七十の老人まで、年齢の差も区々、旧の身分も区々、人生の考え方にも修養にも、かなり雑然たる相違を持ち合っている五十名近い一団が、まったく、一体一心になって、たった十日の生活でも、同じ意志になっているということは、それだけでも、この社会においては、実に難かしい事だった。