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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
乗るか反るかの大事へかかるという程の緊張し切った気持などではなかった。何かしら、こうただ暢気で清々したものが、さほどの大事をも平気に思わせていると云ったふうであった。
『ひどく煙草がけむるのう』
膳が退げられて、茶に代ると、弥兵衛老人は、縁の障子を開けひろげさせた。――むうっと炭火の火気や大勢の人いきれが、廂から空へむらさき色に逃げてゆく。
『や、月じゃ』
『霽れたか』
『――大川の波を御覧なされ』
矢倉河岸の町家の屋根のあいだに、月光を戦ぎ立てている大川の一部が雪よりも白く見えた。チラリと向う両国の灯が二つ三つまたたいている。
ここから吉良上野介の屋敷までは、たった五六丁の道程しかない。もう町も寝しずまっているのだ。おそらく上野介その人も、夜の衾に入った頃ではなかろうか。
『ああよい風だ』
真っ白い息を吐いて、若い二三の者は、酔いに火照った頬を外の寒気にさらしていた。
内蔵助は、吉田忠左衛門、小野寺十内、原惣右衛門などの長老と膝ぐみして、何か、自身の処置について、諒解を求めていた。
それは金子のことらしかった。内蔵助が手許に預かっていた公金の使途を、明細な収支にわけて誌けて置いた物を、きのう、彼の手から瑤泉院の家老落合与左衛門のほうへ届けておいたと云うことを、老人たちに告げているのだった。