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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
そんな物音か! あれが。――おおっ、表門に、裏門に、凡ならぬ気配がする』
『えっ! ……』
恟っとして丈八は立ち竦んだ。一学は窓へ顔を寄せて、凝と耳を澄まし切っている。爛々と白い眼がそこに光る。
一瞬の間に、もう広い邸内には、雪の轟きと、掛矢のすさまじい音と、そして雪を蹴立てて駈けまわる跫音の中に、
(浅野浪人、吉良殿の御首級を頂戴に推参っ)
と、暴れさけぶ声、声、声。
『あっ! ……襲って来たっ』
丈八は、思わず手にしていた氷の柄杓を取り落して、
『清水、赤穂の浪人共だぞ』
『落着けっ、丈八』
一学はたしなめて、飲み残りの酒徳利の首をつかむと、何思ったか、暗い次の部屋へ入って、坐っていた。
矢風刃風
茶碗の酒を酌いで、仏壇の亡母へ最期を告げている一学であった。それを覗くと、木村丈八も、はっと、平常の自分に帰った。
(そうだ、おれにはおれの任務がある)
彼は、千坂兵部の腹心である。特に、兵部の旨をうけて、出ては赤穂表から上方にわたって隠密として働き、ここにいては、絶えず上野介と上杉家との連絡を取っていたのである。
『清水、おれは行くぞ』
『待て』
一学は亡母へ酌いだ酒を、ぐっと飲みほして、丈八へ向けた。