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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
磯貝十郎左も、一人の吉良侍を捕えて、襟がみを押しすえていた。
『――助けてや、助けてや』
そう云っているのである。
『――助けてつかわすから、蝋燭を出せ』
『は、は、出します』
『どこにある』
ずるずると引き摺って行って、蝋燭箱を出させ、手ばやく灯をともして、間毎間毎へ配った。
『十郎左、よう気がついた。落着いていなければ出来ぬ事。槍を取っての武者ぶりよりはお見事にみゆるぞ』
間喜兵衛も、手伝いながら、そう云った。
杉戸、ふすま、すべての境を外された吉良家の屋内は、表から裏までずっと見通しの巨大な一箇の洞になった。そこに乱れあう人影と刃の光に、無数の灯が煤煙を吐いて、絶えまなく明滅する。
『――あっ、上野介っ』
納戸らしい板敷部屋へ入って行った途端に、こう、武林唯七がさけんだのである。
『なにっ、吉良か』
わらわらっと、近くにいた前原伊助や奥田貞右衛門などが寄って来ると、今、蒲団部屋の物陰から逃げ出して行った年老った侍が二人。
『ちがう』
『ちがうっ』
云い合って、転ぶように、台所口へかかったところを、前原伊助が九尺柄の直槍で撲りつけた。
『痛いっ』
台所の大流しへ、ひとりが転び込んでいた。