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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『たった今』

『…………』

耳を澄ましていると、朝の月が冴えて、近所の町はシーンとしているが、どこかで、吹雪の荒ぶような物音がここへも響いて来るのだった。日頃から、ここのおやじといえば、吉良びいきで、よく人と云い争うくらいなのである。ぶるっと、胴ぶるいをしたと思うと、

『嬶、ちょっくら行って来るぞ。おれが戻るまで、店の戸を開けぬがいいぞ』

丈八は用向きも云わずに、一緒に、雪の中を駈け出したが、

『儀助儀助、そちらへ曲がるのではない。――こっちだこっちだ』

『でも、吉良様のおやしきへは』

『いいから、黙って尾いて来い』

『そっちへ行っては、おやしきとは、方角があべこべになる。いったい、旦那は、何処へ行くつもりなんで?』

『おれは、桜田の上杉家の御本邸へゆく』

『へ? ……じゃあ、手前は』

『おまえは、麻布狸穴のお下屋敷にいる千坂兵部様のところまで駈けて行って、この大事をお伝えしてくれ』

両国橋の上を駈けながら、叫び交して行くのだった。

馬喰町の辻まで行くと、吉原通いの夜明し駕籠や駄賃馬が、焚火をかこんで屯していた。

木村丈八は、馬を見つけると、すぐそれへ乗ったが、儀助は馬に乗れないと云う。