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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

距離から考えると、本邸の桜田よりも、下屋敷の狸穴へ行くほうが倍も遠い。――で丈八は、桜田へは、自身行って急を告げるつもりだったが、そっちへ儀助を向けることにして、

『では、千坂様のほうへは、おれが飛ばして行こう。御本邸への報らせも、一刻を争う場合ゆえ、そちは、馬に乗れなければ駕籠で行け、駕籠で』

云い捨てると、丈八は、馬子に手綱も取らせなかった。その手綱の端で馬腹を打ちつづけ、見る間に彼方へ駈け去った。さらさらと凍っている雪が、その人と馬とを、真っ白に煙らせていた。

病汗

上杉弾正大弼は、ことしの五月頃からずっと病床に就いて寝たきりであった。

吉良家から養子に入って、米沢という大藩の太守になった彼の境遇を、皮相に観る者は、幸運なお方だとか、お羨ましい御出世だとか云っているが、弾正大弼自身はいつも、

(小身の家を継ぐ者は幸いだのう。興す、伸ばす、と云う張合もあろうし、自己の力を、自由に試みることもできる。そこに人間と生れた大きな欣びもあるのではあるまいか)

夜伽の近習などに洩らすこともあった。

実父の吉良上野介に似て、体つきも細くて背が高かったが、健康は実父のようでなかった。