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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
近くの酒屋だった。
戸を開けて、何気なく此方を眺めた亭主は、ぎょっと、顔色を失って、あわてて又、開けた戸を閉めかけていた。
『開けろ、開けろ』
安兵衛が駈けて行って、顫えている亭主を宥めているらしい。笑いながら、手を挙げて一同をさし招いたので、皆そこへ集まった。金を与えて、
『亭主、その菰被りを一樽、軒下へ出せ』
湯呑茶碗を一つずつ持って、人々は、歯に沁むような冷酒に喉を鳴らした。
東の空は、ほのかに、曙めいて来るし、吉良上野介の首級は、白小袖に包んで、槍の穂に括りつけて高く持っているのである。
『アア、骨にまで沁みて美味い』
と、誰か云った。
内蔵助も、茶碗をうけた。
老人たちも、舌を鳴らして飲んだ。
『この味、死んでも、忘れられまい』
十内老人が、からからと笑って云う。
大高源吾や、富森助右衛門は、酒屋の亭主に硯を呼んで、何か、俳句らしいものを書きつけている。
『どれどれ、見せなさい』
それをさし覗いて、奥田孫太夫が、吟誦した。
『――山を裂く力も折れて松の雪。大高子葉の句じゃ』
『うむ』
皆うなずいて、
『助右のは』
『――寒鳥の身はむしらるる行方かな』
『佳吟だ』