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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
忠左衛門と助右衛門は、そう云ってくれる民衆に対して、唯、ニヤニヤと笑顔を酬いているだけだった。時々、羞恥ましそうに、顔を横に外し、邸内からの返事を待って彳んでいた。
ちょうど今、一党の者は、泉岳寺へ着いた頃であろう。この二人だけは、内蔵助から、或る使命をうけて、芝口辺から行列を脱けてここへ来たのだった。
曾つて、山鹿素行がその著書のうちに論じて、こういう大要が記してある。
復仇ノ事、必ズ、時ノ奉行ニ至リテ、理非、黒白ヲ明カニシ、ソノ命ヲ受ク。コレ古来ノ法ナリ。世説ニ、奉行ヘ告グルハ、身ヲ完ウセントスル心アルヤニ似タリ。討チ済マシタル上ハ、死生ニ於テ求ムル所ナキ筈ナレバ、ソノ事無用ナリト云ウハ、世道ノ法ヲ無視シ、タダ気概ノミアッテ、道ヲ知ラザル者ノ言ノミ。
内蔵助のこころのうちに、幼少に受けたこの先人の遺訓があった事は疑いもないことだ。一党の中でも思慮に富み、又、弁舌の雄でもあった忠左衛門に、助右衛門をつけて、途中から大目附の自邸へ向わせたのは、公儀の法令が発動して来ない先に、自分の方から公儀へ訴え出るほうが正義だと信じたからであった。つまり自首の途を踏んで出たのである。