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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

今――そこを覗いて、役部屋の方へつかつか歩いて来た伝右衛門の顔には、明かに、不快な色があらわれていた。ちょうど何か奥へ運んでゆく小侍が、その不機嫌な眼につかまった。

『これ、一昨日から、彼の衆のお部屋へ、火鉢を出せと申しつけておいたのに、今見れば、まだ火鉢が出ておらぬ。なぜ出して置かんのか』

叱りつけると、小侍は壁へ寄って、怖々詫び入りながら、

『御蔵からあの通りに、火鉢は出しておきましたなれど、御家老の三宅藤兵衛様が、公儀の罪人へ火鉢など与える事は、以てのほかだというお叱りで……』

その三宅藤兵衛が、近くの部屋にいたのである。伝右衛門と小侍の声が聞えたものとみえる。そこへ出て来て、

『伝右どの、火鉢は、貴公の指図だったのか』

『されば。――なぜお止めなされたのか』

『知れた事、火鉢はおろか、国法の囚人に、雑談なども、固く無用でござる。――尤も、格別の思召しで、料紙硯の使用、風呂櫛道具の事、医薬などは差し許したが、それも一々箇条書にして、公儀へ伺いを出してからの事である。それを、火鉢などとは、専断至極な』

『こ、心得ぬことを……』

と、伝右衛門は、自分が不法な拘束をうけるように口吃った。