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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『片岡、弁当を食ろうじゃないか』

と、誘うと、

『お……。午か』

『午だ。小者が見えんから、湯呑所へ行って、湯を取ってくる』

『夕刻が、待ちどおしいなあ』

『何を考えこんでいるのか』

『べつに、考えこんでいるわけでもないが、この浅妻が、いつになく、いやな声で嘶くのだ。先刻から、それを四度も聞いた』

『他の馬だって、嘶いたり、暴れたりしているじゃないか』

『然し、声がちがう。――貴公、御馬廻りの役目でありながら、分らんか』

『気のせいだ。俺はそう思う。あまり吾々が、心をつかい過ぎるのは、殿様のお心を、よけいに研ぐようなものだ。御城外にあっては、為様がないじゃないか。飯でも食おう』

『そういうと、一応、講釈したくなる。――俺は先頃、音相学の書物を見た。顔に、人相がある如く、声にも、音相があるというのがその学説だ。……浅妻の嘶きが、いつもと、違うように感じたのは、俺が近頃、そんな事に興味をもって、五韻を聞きわけているせいかも知れない』

『ははは、人相と馬相とは、違うぞ。人間の音相学を、馬に当てはめようとしても、無理だろう』

『いや、鶏鳴や、犬声は、却って霊感のはやいものだ。