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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『私が参りましょう』

萱野三平が、遠くで云った。

すぐその後から、

『拙者も!』

と、早水藤左衛門が云う。

『では、御両所へたのむ――すぐこの場から即刻ですぞ』

『勿論です』

『殿様の御処分や、その他、分り次第に、刻々、二番早駕、三番早駕と、後を追って御報告申し上げるが――と大石殿へ申されたい』

『承知しました』

と、早水と萱野の二人は、その日の裃熨斗目のまま、駒に飛び乗って、町へと鞭を打った。そして八ツ山口の問屋場から早駕を仕立てさせ、

『夜でも、昼でも、雨や風でも、一刻も休まずに肩継ぎいたせ。――播州赤穂の城下まで』

今朝は夢にも思わなかった故郷の空へと、そして、かかる事とは夢にも知らない故郷の人々へと――空虚な身と、顫く魂を乗せて、すでに、東海道を驀ッしぐらに駈けさせているのであった。

その一番早駕を立たせた後――。

片岡、堀部、神崎、その他の人々は、まだ、藁人形のように凝然として、大手御門下に立ちつくしていた。

主人の内匠頭に従いて、城内のお玄間控えまで入っている同僚がある。その人々が出て来たら、更に詳しい実相がわかるであろうと、暗澹たる心のうちに、強いて一縷の頼りをもって、待ちわびているのだった。