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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『ようなされた。――加東郡より浜方御城下と、途々に見かけ申した百姓町人の顔つきでも、真っ先に胸につかえたはそれでおざった。――殿のお旨にもかのうた御処置』

忠左衛門と内蔵助と、何方も、ことば数の少い者同士が、二言三言に、万感を語りあっていると、九郎兵衛は用ありげに、その間に広間の方へ立ち去っていた。

その広間には、もう暮色がこめていた。台所方の小役は夜を見越して、其処此処に、一群れずつかたまったまま動こうともしない人々の間へ、鮨桶へ握った飯を配ってあるいたが、誰も手をふれようともしない。

お坊主が、網雪洞を灯ける、紙燭を広間へくばる。――だが、それすら今日に限って、なんとなく薄暗い気がしてならない。

為す事もなく、各が各※(二の字点、1-2-22)の臆測やら前後の対策に、大なり小なり必死に考えこんで、沼のように濁す黒く沈澱しているここの空気とひきかえて、御用部屋の方では、内蔵助を中心に、算盤の音だの、帳簿を繰る音だの、そして緊張しきった勘定方の顔が蝋燭に赤く揺らいで、夜になったのも忘れている。――

『よろしい』

やがて内蔵助が、ほっとしたように云ったのは、漸く、未収納の年貢金や、浜方の製塩業者たちへ廻してある貸金高や、藩の蔵米現存高などが、一応調べ上った時であろう。