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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

そして、死の間際には、恋人の名を呼ぼうと思っていた。

『――何をしているんだ?』

『お聞きだろう』

『聞いた』

『いつぞやの晩のつづきだ。この小娘の挙動がくさいので責めているところ。一つ、貴公も手伝ってもらいたい』

『ばかな!』

一学は笑い出して、

『つまらぬ事は止せ』

『なぜ』

新見は、気色ばんで、

『どうして、これがつまらぬ事か』

『女じゃないか、多寡が』

『女じゃとて』

『相手は、赤穂浪人だ。女でも、絵図面でもない。相手は赤穂ではないか。障子のつぎ貼りみたいな真似をしても、入って来る寒風は防げぬよ。……ああもうやがて冬だな。新見、その娘は、放してやれ』

『いや、取調べぬうちは』

『野暮を云うもんじゃない。貴様だって、非番の折には、辰巳か、岡場所か、素人か知らんが、どこかへ通ってゆく女があるじゃないか。……この娘にだって、御邸内では法度でも、外には、許嫁か、好きな男くらいはあるだろう。人にかくして書く文もあろうじゃないか』

『それにせよ、先頃の板絵図の事は』

『あんな物が、よしや、誰の手にわたろうと、何にほどの役に立つか。大工の引いた間取で、しかも、その後幾度も、御邸内の普請は変っている』