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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

すると、その時、

『背後は取らん、一学っ、新手が参るっ』

と、片岡源五右衛門が喚く。

その片岡へ、無言のまま、ひゅっと長刀の薙ぎを伸ばして、源五が、あッと蒐り足を竦めたわずかな隙に、一学は、縁を躍って、ふたたび広庭の雪の中へ出ていた。

『――卑怯っ』

と、誰かが罵ると、一学は汗に燃えている顔に笑いをゆがめ、

『足場を取ったが、何で卑怯かっ。赤穂育ちは小藩ゆえ、小狭い所をお好みかしらぬが、清水一学流は十方無碍、さあ来いっ! 束になって』

『何をっ』

もう誰彼の識別もつかない。簇りかかってゆく烏に似ていた。大地の雪が粉になって、太刀と人影を吹雪に巻く。

一学はその敵の群を、前へ前へと、努めて一列に受けながら、自身を常に自由の位置においていた。――然し、さすがに二、三度雪の上にすべった。そのたびに、彼は人間業とも思われない活機をつかんで刎ね起きた。

いつのまにか、総身は血しおである。髪はふり乱れていた。一箇の人間の魂が、かくも壮絶な、かくも荘厳な――終滅の美を発するものかと、それへかかって行く者も、討って取らんと進み寄る者も、ひとしく、今は敵味方というけじめがない。