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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

然し、町筋や屋敷小路の往来からすこし裏へ入ってみると、そこは又世間とまるでかけ離れた麗かな日がいっぱいに麦の穂や菜の花を育んでいて、畦の緋桃は見る人もなく燃えているし、昆虫はじいっと背から沁みとおる太陽に腹を膨らませていた。

有年山から城下を通って海へ注ぐ静脈のような細い流れが幾筋も耕地を縫っていた。その一筋の水に沿って、弟を連れて大石主税は歩いていた。弟は吉千代といって彼より三ツ下の十一歳だった。両手を泥田へ入れたらしく、真っ黒にして何か藁苞に容れて持っている。

『捨てておしまいなさい』

主税はしきりと云うし、吉千代はかぶりを振って、

『嫌だ』

と云い張って来るのだった。

『父上は、そんな物、召喰がりはしない。持って帰っても、無駄ではないか』

『嘘、お父様は、お好きだよ。吉田の小父様も、好きだというた』

『いつもは召喰がるが、今は、決してお喰がりになる事はない』

『なぜ』

『あんなに話したのに、汝にはまだ分らないのか。御領主内匠頭様が、御切腹なされたという事を』

『それは分ってるけれど、御領主様がお亡なり遊ばしたから、田螺を喰べては何うして不可ないの』

『わからない児だの。