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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
間もなく、手を鳴らして、
『おい、飯にしてくれい』
と二階でいう。
その飯が二階へ運ばれてゆく時、倉橋伝助が、眼いろを緊張させて、ここへ訪ねて来た。兎角するうちに、往来は黄昏ていた。
『じゃあ、いずれ又』
『御家内によろしく』
などと、一同は、「宮戸川」の門口で、わざと挨拶を交してちりぢりに別れて行ったのであるが、それから家へ帰った者は一人もなかった。
砂利場のところてん屋、空地の草叢、橋の袂、夕涼みでもしているように、ぶらついていた人影がみなそれであった。そして――軈て、上野介の家臣が、吉良家の通用門の見える外濠の岸へ、そっと伝馬船を横に着けたのを見届けていた。
そのうちに、倉橋伝助が、
『――扇を落した』
と、そこらに、散らかっている人々の背を通った。
『――扇を落した』
その呟きを聞くと、闇から、幾つもの眼が、向う河岸へ光った。上野介父子の姿が見えたのである。その影も見えない程な家臣に囲まれて船へ乗った。
伝馬船は、やがて、ぎいと、岸を離れて行く――。
空地へ、さっと、一同は集まった。
風のような行動を起しかけたのである。約束は決まっている。唯、場所だ。