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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

さ、門の外へ立ち去りなさい』

女は、美しかった。細っそりした姿は、屋敷風の上品なにおいを持っていた。

――恟々と少しずつ潜戸の方へ身を動かして行きながらも、頻りと誰かをさがすように、浪人たちの休息している本堂のほうを濡れた眼で見ているのだった。

×   ×   ×   ×

その狭い部屋には、誰もほかにいなかった。狩野風の煤んだ衝立の絵の蔭に、磯貝十郎左衛門がひとり、凝と、坐っているだけだった。

『十郎左、十郎左……』

今、彼のすがたがこの辺でちらと見えたのにと思いながら、前原伊助が、本堂の方を抜けて来て、ふた声ほど、低声で呼んでいた。

十郎左は、答えなかったが、伊助はすぐ衝立の蔭に、彼のすがたを見出した。

本所の相生町に店を持って、米屋五兵衛と名を変え、吉良の動静をさぐるために、おたがいに今日まで、心をくだき合って来た友達の中の友達だった。

『……おう、こんなところにいたのか……十郎左、知っているか』

『なんです?』

『来ているのだ。……吉良家の奥にいた彼女が……おつやが……』

十郎左は、じっと、つめたいまま俯向いていた。鬢の毛が、針みたいに、かすかにふるえているのを見て、伊助は眼を反らした。