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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『いやいや、それもあの思慮の深い内蔵助殿が、御当家や又、御後室の瑤泉院様に些細な累をもおよぼしてはならぬと考えられて、わざとお使者にもそう申し付けてよこしたのかも分らぬ。……お前達もその旨を心得て、今の儀は口外せぬがよかろうぞ』
与左衛門はそう云って奥へ戻って行った。そして後室の瑤泉院の冷やかな余生の部屋へ、そっと辷り入った。
『与左衛門にござります、唯今、京都瑞光院の者と称して、かような封書を置いて参った男がござります故、開いてみると、内蔵助殿からお手許への届け物……。御覧くださいまし』
『え? ……大石から』
瑤泉院は、振り向いて、与左衛門が次の間から差し出す物を、侍女の妙に取らせて、自身で封をひらいた。
内匠頭の死後から今日迄、およそ二十一ヵ月――その間にこの人の面からは、あらゆる希望が消えていた。水々しかったあの頃の麗姿から思うと、頬や肩の肉さえ傷々しいほど削ぎとられていた。
ひと頃は、紛々と伝わる世評を聞いて、
(あの人間だけは)
と唯一の力にしていた内蔵助にさえ、頼みを失い、人生を疑って、幾度か、自分の生きている事も厭わしく思ったか知れないのである。