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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

それは又、彼女の香華の室ばかりでなく、この屋敷中の小者の端に至るまでが、きのうから顔つきが違って明るくなっていた。わけても、彼女と共に、鉄砲洲の、以前の邸からずっと侍いて来ている侍女の妙などは、後室と手をとり合って、この一年半の鬱心を涙に溶かして泣き晴れたのであった。

そこへ又。今朝の便りである。――しかも内蔵助から、厚ぼったい一綴の書類。

(何であろう?)

と不審るよりも、懐しさに胸が迫る。臣下ではあるが、瑤泉院の孤独な女ごころには、内蔵助という者がこの世に在るということだけでも、大きな生きがいであった。惻々と懐しさを感じるのであった。

然し、封書から出た一綴の物は、ただの消息ではなかった。この折の彼女の心とは恐ろしく駈け隔たった数字の帳簿で、

=金銀受取帳

と表題してある一切の計算書なのだ。赤穂退去以来、内蔵助の手から出した公金私用の明細を、実に細かい数字まで、丹念に記載しておいた――その復讐費用の報告書なのであった。

それだけだった。

その他に、あるかと思った消息らしい手紙は、一言半句も同封してなかった。

『…………』

瑤泉院は、ふと、もの足らない心地がした。