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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
自分が何で、内蔵助に対して――又他の旧臣達に向っても、物質的な、しかもこんな零細な数字までを気にかけていよう。彼の律儀さが、むしろ冷たく感じられて寂しい。
(――内蔵助。いったい彼の仁というものは、何ういう人間なのであろう)
きのうの事実が、まだ胸の裡に感激を醒ましていない場合だけに、彼女には解せない気がする。内蔵助という者の全貌が、何だか、余りに多角的で、巨きいのか、小さいのか、それが一体、男のあたり前というものなのか、わからない気がしてならない。
事変の前には、あの小づくりな上に、のろりとした風貌で、無能家老だの、昼行燈などと云われていた内蔵助――又事変後には、祇園や伏見で豪奢三昧の態を見せたり、そうかと思うと疾風迅雷に最後の目的に向い、儼然と、討入の事実を示して、天下を震駭させている彼でもある。
智謀の器というものか、情熱の武士というものか、又、飽くまで緻密な計数で出来ているこの「金銭出入帳」のような、明晰な頭腦の持主だろうか。
情と熱に富む士には、計数の頭腦が乏しいものである。計数の才に富む者には、義や忠誠は知っても、進んで死地へ飛び込むような断がない。