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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

と、書をもって、早くも信長に報告していた。

ここに織田家の旗幟が立つと、はじめて官兵衛の事前工作も、大きな事実となって答えて来た。その誠を示すものは、質子を送って来ることである。秀吉は姫路にあって、十数人の質子を見た。しかしそれらはいずれも微弱な地方の土豪に過ぎないものの子であることはいうまでもない。

真に力のある者は、やはり容易に軍門へ降って来ることはしなかった。後は実力の如何である。疾風の迅さで、彼の兵はすでに、但馬に入り、山口、岩淵、また竹田城を落していた。

これに呼応して、山陰方面から起った一彪の軍こそ、尼子一党の兵だった。山中鹿之介幸盛と黒田官兵衛とは、熊見川の陣所で、手をにぎり合った。

「待たれていた日が遂に来ました」

「来ましたなあ。中国の黎明が」

両雄が語り合っているところへ、敵の一城、上月の背後には、毛利家の尻押しによる浮田和泉守の手勢がだいぶいるらしい、という情報が入って来た。

「たとい浮田勢が加わろうと、何の一揉みでしょう」

鹿之介は先鋒を望んだ。

もちろん許された。官兵衛は常に陣中に在る竹中半兵衛重治に諮った。戦陣のことについては半兵衛こそ遥かに自分以上の知識とかたく信じていたからである。