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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

岸なく泳ぐ者

一

城主の小寺政職は、

(そうだ、よくいうてくれた)

と感謝しないばかりな眼をして末席の方を見ていた。彼はそれほど自分を主君として重く臨めない人だった。決して暗君ではないし、地方の豪族の主人として教養もあるほうだったが、この世代に一族郎党を統率してゆくには、多分に欠けているものがあった。大きく今の時流とその作用する分解や再建を観てゆく活眼であった。またその動揺のなかに処して迷わない信念とであった。彼にはそれがない。

もっとも、この播州にいて、僻地の数郡を領すに過ぎない地方の一城主に、そんな達見を望むのは無理だともいえるのである。いま、天正三年という今日のうごきは、余りにも烈しく、また余りにも大き過ぎた。

岸なく泳ぐ者

一

どうかなる。そのうちには、どうかなってゆくだろう。

政職が時勢に恃んでいたのは、実にそれだけだった。けれど、どうにもならない日がついに来た。

ゆうべからまだ解決を見ない苦悩と困憊のいろを、古池の腐水のように湛えたままでいるこの評定の間の人々にも、もちろん一半の責任はある事だった。いや主家の滅亡は自分たちの滅亡でもある。もう明日を恃んではいられない難関が個々一身の上にも蔽いかかって来たことはあらそえない。