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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
質子
一
信長は床几を離れて、まだ漆の香のする欄階を先に降りて行った。
質子
一
年をこえた天正五年、信長の朱印は、小寺家へ対して正式に、質子を求めて来た。官兵衛に対しては、秀吉から私信で、あらかじめその事ある旨を伝えて来ていたので、当然としていたが、主家の小寺政職は、
「どうしたらよいか」
と、この程度の問題に当っても、困惑を面にあらわして衆に諮るのであった。
もちろん一族と重臣のうちに、今なお織田家との盟契をよろこばない空気があるにもよるが、もう一つの理由には、小寺家の嫡子氏職が、病弱な上に、不肖の子で、世間に出せない者だ――という点にも、親心の苦痛があった。
「ご心配に及びませぬ」
評議の席で官兵衛は、いつもながらの口調で広言した。
「氏職様のお弱いことは、かねて羽柴殿のお耳へも入れた事がある。病人たりと差上げよとは信長公もよも仰せられますまい。――ご嫡子に代えてそれがしの一子松千代、まだ当年十歳ですが、あれを人質に送りましょう。松千代を以て、ご用に代えますれば、決してこの儀に就いては、ご心痛にはあたりません」
彼の広言は、常に、空言ではなかった。わが子を以て主家の子に代えるという事は、少なからず居合わせた人々を感動させた。