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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
鍛冶屋町
一
汝が付き添って、道中事なきように、守ってくれと、ありがたいおことば、み、身に余るお役目を申しつかりましたので、お後を追って来たわけでございます」
「……そうか」
官兵衛は姫路の空を振向いていた。そしてその事に就いてはもう何の否やもいわず、与次右衛門に命じて、唖の船を岸へ呼ばせた。
「世話になった。では、行って来るぞ」
久左衛門をつれて、官兵衛はすぐ舟へ移った。無表情な船頭は、もう櫓柄をにぎって、ぎしぎしと漕いでいた。海づらは静かで、頃あいな夜風もあるので、岸を離れるとすぐ船頭は帆を立てた。
雁の松の下に、父娘は、その白い帆影が見えなくなるまで、じっと見送っていた。
この夜、中国の天地には、まだ誰知る者はなかった。そよ吹く南風を孕んで、諧音の海を、ひそやかに東して行ったこの一帆こそ、やがて山陽の形勢を一変し、ひいては後の全日本に大きな潮のあとをのこし、その革新勢力の先駆をなして行ったものであることを。
鍛冶屋町
一
姫路から岐阜までのわずかな行程を、海路を経、陸路をこえ、実に一ヵ月の余もかかって、七月の下旬、ふたりの目薬売りは、ようやく行き着いていた。
そのあいだの短い期間に、いかに寿命のちぢまるような艱難辛苦をなめたかは、その姿にもあらわれていた。