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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

老いざる隠居

一

けれど、うすい朝陽をうけている紫の房からこぼれてくる匂いは、官兵衛の面を酔うばかりつよく襲ってくる。彼は仰向いたまま、白痴のように口をあいて恍惚としていた。

「……吉瑞だ」

いきなり彼は叫んだ。跳び上がる体力もないが、跳び上がった以上の衝動を満身に覚えた。めずらしく彼の額に血のいろが映えた。

「獄中に藤の花が咲くなどということは、あり得ないことだ。漢土の話にもこの日本でも聞いた例しがない。……死ぬなよ。待てば咲くぞ、という天の啓示。そうだ天の啓示だ」

彼は、掌を合わせて、藤の花を拝んだ。その袖口から虱も這い出て、かすかな朝陽の影と、藤のにおいに、遊びまわっていた。

老いざる隠居

一

いろいろな意味で、彼の奇禍は世上に大きな波紋を投げた。たった今まで、天下の活舞台に飛躍していた立役者であっただけに、忽然たるその姿の陥没には、世間の疑惑も無理ならぬものがあった。

しかし何といっても、もっとも大きな驚愕をうけたのは、官兵衛の郷党とその生家たる姫路城の人だった。わけても年老いた彼の父宗円であり、まだうら若い官兵衛の妻であった。

「虫の知らせであったか、あの日のお別れにかぎって、日ごろのたしなみものうお叱りを覚悟のまえで、お城下端れの並木までよそながらお見送りに出たが……そのときのお顔の色も……ご容子も……いま思えば、ただ