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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
四
「…………」
信長は床几にも着かずややしばし凝然とそれを見ていた。
四
「太兵衛。……ご出座か」
戸板の上から小声で官兵衛がたずねた。まわりの者が一斉に平伏したので察したらしかった。
すぐ側にいた母里太兵衛は、地についていた額をこころもち擡げて、
「信長様と拝されまする。ご床几のかたわらにお立ち遊ばしておられます」
と、ささやいた。
官兵衛は急にむくむくと身をうごかし始めた。――が、例の左の足がどうにも動かし得ない容子である。太兵衛は、主人の気もちを測りかねていた。左足の負傷が激痛し出したのかとも思われ、信長の出座と聞いて感情を激発したものかとも危ぶまれ、われを忘れて、主人の顔へわが顔をすり寄せた。
「……いかが遊ばしたのですか」
信長のところまでは聞えないほど低い声で訊いた。すると官兵衛は、その細い腕を藤蔓のように太兵衛の肩へ絡ませて、
「わしを起こせ。坐らせてくれ。……そして仆れぬように、わしの体を後ろから抱いておれ」
と、命じた。
信長は床几についていった。
「官兵衛、起きるにはおよばぬ、そのままでよい。――ゆるす、ゆるす、そのままでおれ」
しかし官兵衛は何とまわりの者がなだめても肯かないのである。