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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

玲珠膏

一

「――待て待て、官兵衛。ひとりで行くか。供は一名も連れぬのか」

「はい、ひとりが気儘です」

「万一ということもある。衣笠久左衛門。あれひとりぐらいは、連れて行ったらどうじゃ」

「いや、ひとりが、かえって目立ちません」

官兵衛もまた意地ずくのように、妻子へ何のことばもかけずに、ぷいと室を出るや否、姫山の丘を、もう馬に鞭打って、駆け下りていた。いったい何のために立ち寄ったのかわからないほど、あっけない別離であった。

玲珠膏

一

塩田の煙が幾すじも真っ直ぐにたち昇っていた。陽ざかりはやや過ぎたが、港の町飾磨は、これから日没までの夕凪が一日中でいちばん暑いといわれている。

昼顔の葉も花も、白い埃をかぶって、砂地の原には、日蔭もなかった。その向うに見える家々は夜に入ると港の男の濁み声や絃歌の聞える一劃だった。ここの辻はその空地を前にして片側町となっている。

官兵衛は、馬の背から、とび降りると、馬を草に放ち、袴から背まで、体じゅうの埃を払っていた。

「おや、姫路の若殿ではないか。むすめ、むすめよ。お洗足を出しておけ」

ちょうど店さきにいた与次右衛門は、表の人を見ると驚いてから腰を上げた。