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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

二

それとその説を主張する一部の言は、余りにも、信長の勃興勢力というものを過小に観ているきらいがある。

その証拠には織田軍の西下を、「かりに」とか、「たとえ来ても」とかいっているが、織田対毛利の衝突は、いまや必然的であり、しかもそれは、明日に迫っている空気なのだ。決して、

「もしや」といえるような生ぬるい情勢ではない。

二

ことし天正三年のつい先月、五月の初めには、信長は岐阜を出て、徳川家康とともに、甲山の精鋭武田勝頼の大軍を長篠に破って、もう岐阜へ凱旋していた。

彼の兵馬は、一定の方向を持たない旋風のようなものだ。きのう北越に上杉勢と相搏っていたかと思えば、たちまち伊勢の一揆を討ち、また返って、江州の浅井を屠り、転じて朝倉を亡ぼし、更に叡山へ火の手をかけているという疾風迅雷ぶりである。そして抜本的に、中央の癌足利初世以来の幕府勢力まで悉く京都から追い払ってしまった彼である。

「――岐阜は遠い」

などと考えていたら大間違いの因である。

枝葉と闘わず根を抜き去る。――これも信長の戦いに見られる手口のひとつだ。過って数年来、彼は火元の炎に水をかけず、炎の影の映る所へばかり兵を向けてあわや奔命に疲れかけようとしていた。