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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

三

「さてさて、ご苦心のほど、察し入る。しかしそれだけに、今日の各※(二の字点、1-2-22)のよろこびも、いかばかりかと存ぜられる。……ともあれそっと官兵衛どのをこちらへお連れください。ご案内する」

前田は先に立って、庭上の幕舎のひとつへ導き入れた。本来は家の内へ担い上げてやりたいのであるが、黒田官兵衛なるものは今なお信長から宥されていない離反の臣とされている身分であった。その質子まで殺されたほどの憎しみをうけたままでいる臣である。それが誤解とわかりきった今なるにせよ、信長自身の口からゆるされるまでは、傷々しくとも戸板のまま地上に寝かしておくしかなかった。

三

信長はいったん居室へ帰っていた。つねになく沈痛な唇をむすんで坐りこんでいた。折ふし朝食のしたくが調ったので、近習たちが運びかけて来ると、

「後にする。退げておけ」

と、依然、沈思のすがたを守っていた。

彼は後悔を知らない人であった。どんなに臍をかむほどな事にも、過去を振り向いて前進を鈍らすような低迷を持たない質のひとだった。けれども、この朝の彼の眉には実にきびしい慚愧が滲んでいた。苦味を口いッぱい頬ばったような面持をたたえていた。