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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
三
その間際にありつつ、よくもそこまで心を用いてくれたぞという、情念からあふれる感激も強い。
「よくいうてくれた。いや、ありがとう、ありがとう。何とかいたそう」
「では。しばしお別れいたしまする」
「行くか、もう」
「少しでも早いほうがよいかと考えられますから」
「ぬかりもあるまいが、油断すな。呉々、身に気をつけよ」
「はい――ご陣所の内も」
「心配すな。留守は」
「天嶮に立籠る敵方と、素裸の陣地にあるお味方とは、ほとんど同数の兵かと見られます、加うるにお味方の兵、地の理に晦く、敵は闇夜でもこの辺の道には迷わぬ地侍です。――それに彼の士気はすこぶる昂まっておるように思われますゆえ、城を突出して、奇襲に出て来るおそれは充分にあるものとご予察ください。とかく長陣には、寄手のほうが飽み易く、油断も生じ易いものでございますゆえ――」
――ふたたび名馬書写山の鞍に回ると、彼は中国山脈の西の背にうすずく陽を馬上に見ながら、平井山の本陣から、万感を胸に、ゆるゆる降りていった。
三
ふもとまで来ると、官兵衛はうしろを振り顧った。
「太兵衛。見送りはここでよい。もう帰れ」
きょう半日、母里太兵衛は、駒について歩いていたので、主人の行く先の、またその胸の、ただならぬことを薄々感づいていた。