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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

二

実に、時を約しておいたように、そこには官兵衛孝高が、まだ戸板の上に、身を支えられて坐っていたのである。――重治と松千代のすがたを一目見たときの官兵衛のひとみが、どんなものであったかは、これを拙い筆で描くよりは、世の親たる人たちの想像にまかせたほうが、はるかにその真実を感得することができよう。

二

官兵衛は信長の直臣ではないが、半兵衛重治は織田家の直臣格である。

彼は、その資格に倣って、静かに信長へ対坐し、病のために、久しく戦陣の務めを怠っていたことを詫び、且、伊丹の戦捷と、信長の健康を祝して、そのあいだの声色は、何ら非常時らしい急務をもっている風もなかった。傍らに控えさせている少年松千代のことについても、主君から訊かれるまで、何も自分からそれに触れないのであった。

信長は堪りかねて、ついにこう訊いた。

「重治。――お汝のそばに召しつれている和子は誰だ」

すると半兵衛の静かな面は初めて小石を落された池水のように微笑をたたえ、

「はやお見忘れ遊ばしましたか。これは去ぬる年、安土のお城において、わが君から私へ、確と養いおけと、お預けを命ぜられました黒田家の質子、すなわち松千代でござりますが」