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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

二

果たして、それから後、何かのはなしに触れたとき、室殿はこういった。

「於菊は、播磨辺にもいたことがおありだろ」

「……え、え」

「どの辺に?」

「飾磨に、ちょっと、身寄りの者がいたものですから」

「そう」

すずしい眼のすみから眼で笑って、ひとり頷き顔をしながら、

「……そうだろうと思っていた」

と、室殿は、ひとり言のように呟いた。

そのときのお菊の顔いろというものはなかったけれど、さりとて、その後、それを怪しみも何ともしていない室殿であった。

夏はさかりになった。室殿はちと行儀がよくないので、髪衣裳も常にきちんとしていなければならない御殿住居の夏は余り好むところでないらしい。黄昏を待ちかねて、縁の御簾を捲かせ、端居して夜風を待つのが唯一つの楽しみらしかった。

「この打水したあとへ、蛍が飛んだら、どんなに涼しかろ。於菊、蛍をつかまえておいで」

「蛍ですか」

「中国には、蛍がたくさんいた。ねえ、そなたも、知っているであろ。――蛍は、水辺じゃ。水のあるところへ行けば、きっといるでしょう。蛍をその蛍籠に、たくさん捕ってきてたも」

「水。……水のあるところ。……それはどこでございましょうか」