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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
蛍の声
一
いうまでもなくこの女性は荒木村重の側室であった。
蛍の声
一
お菊は室殿のお気にかなった。日のたつに従って、親しくことばもかけたり、側近くおいて何かと、気がるに身廻りの用もいいつけた。
「おまえは、どこのお産れかえ」
「あの。……この近くでございます」
「では、都かえ」
「いいえ。あの、浪華でございます」
「大坂」
「ええ。……はい」
彼女は、室殿から、訊かれそうなことを、つねに心で用意していた。けれど、答えるときになると、いつも矢張りしどろになった。室殿はそれをまた、世馴れない、奉公馴れない、彼女の良さとでも見ているように、ときにはわざと、からかったりするのであった。
「そなたは、伊丹家の縁故とかいうが、そうなのかえ」
「はい」
「ではあの、やがてご家中に、伊丹亘の嫁御寮にでもなるのであろ」
「ま。あんなことを」
彼女はわけもなく赧くなった――こういう思いも寄らないことを訊ねるお方なので油断もすきもならない。お菊はすこしも気が休まらなかった。
けれど、日が経つままに、また馴れ親しむにつれて、彼女は、問われる前に、問うことを覚えた。何か、徒然の話にでもなりそうになると、訊かれる先に、こちらからいろいろ室殿へたずねるのである。