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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

深夜叩門

一

――いまも久左衛門は、何かに愕いたとみえて、木枕から頭を擡げ、

「どうもひどい。蚊帳はなし、あの騒ぎだし、えらい宿をとったものだ」

と、こぼしながらふと、同じ筵に枕をならべている官兵衛も、まだ寝もやらずにやにや笑っているのを見て、

「これでは、いかに何でも、お寝れないでしょう。あしたは、ほかの旅籠へ更りましょう。毎夜ですから、寝不足になりますよ」

と、いった。

「どこへ行っても、同じことだよ。この暑さと蚊では……」

官兵衛もむくむく起きて、うすい藁ぶとんの上に坐りこみながら、

「隣の声はつつ抜けだから、寝ながらにして、城下の物価や人心やいろいろな情勢が手にとる如くわかる。居酒屋の隣と見えたので、わしはわざとここへ泊ったのだ。久左衛門、寝られぬぐらいは我慢いたせ」

深夜叩門

一

藤吉郎秀吉は、北近江の小谷の城から一小隊の部下と、小荷駄すこしを率いて、きょう岐阜に着いた。

長篠に捷つやいな、次は、越前へ出兵だとは、ほとんど、公然のような岐阜の空気であった。機微の謀は、秘し得ても、万人か万人とも感ずるところのものは、滔々たる潮の勢いにひとしく、これを世人の耳目から蔽うことはできなかった。