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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
二
衣笠久左衛門は、この目的地に入ると、主人の官兵衛には、すぐにも岐阜城へ上るものと考えていたらしかった。けれど官兵衛は、鍛冶屋町のうす汚い木賃に宿をとって、着いた日も、その翌日も、目薬を商いながら町ばかり歩いていた。
「むむ。……大きに其方の申すとおりだ。織田家のうちには、わしの父や母方の縁故をたどれば、顔を知らぬまでも、訪ねて参ればわかる程度の知人は満更ないこともない。けれど、初めが大事だからなあ。わけて問題は大きい。生半可な人物を仲に介するほどならないほうがよい」
「いま織田家のうちで重きをなしている方々といえば――まず林佐渡守どの、佐久間信盛どの、森可成どの」
「柴田勝家、滝川一益、丹羽五郎左、池田信輝」
「まだありますな。前田どの、明智どの、羽柴どの」
五指のひとつひとつを折って来ながら彼が、羽柴どの――といったとき、官兵衛はその頭をひとり大きく振りうごかして、
「何たる暑さだ。岐阜も暑いなあ。きょうの商いは、これだけにしておこう」
と辻を曲って、鍛冶屋町の木賃へその日も帰ってしまった。
二
鍛冶、染物、皮革などの職人のみが多く住んでいる裏町の一劃は、鞴の赤い火や、鎚の音や、働くものの喚きなどで、夜も日もあったものではない。