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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

心契

一

「おお。飾磨の与次右衛門のむすめではないか。あの於菊ではないか」

夢みる人のように何度もいった。

そして彼女が答えるのも、もどかしげに、かさねて訊ねた。

「わしが伊丹城の獄中におったとき、あの藤蔓の這っておる高い窓の外から、わしの名を呼んだ者は、そなたではなかったのか、――夏の初め、まだ藤蔓の嫩いころだった」

於菊はうなずいた。そしてその時からの苦しい思いを新たに胸へ呼び起したものか涙を膝にこぼした。

「どうして伊丹の城中にいたか」

官兵衛は久しい間の謎をいま解きにかかったように、病褥の中にある体の痛みも忘れていった。するとその時襖を開けて、栗山善助が、

「――お目ざめでございましたか」と、煎薬を盆にのせて持って来た。

「善助か。水がほしいのだ。水をさきにくれ」官兵衛がいうと、

「わたしがお持ちいたしましょう」

と、於菊はすぐ起って行った。

そのあとで善助がささやいた。

「殿。お驚き遊ばしたでしょう」

「何とも意外であった。どうして与次右衛門のむすめなどがこれに来ておるか」

「伊丹脱城の夜、殿がお遁れなされた後も、ひとりあとに残った衣笠久左衛門が、ようやく、於菊どのが、あの獄屋の裏の古池に落ち込んでいたのを見つけ、辛くも救い出して来たのでございました」